肉桂
子供の頃、風邪をひいたときのお楽しみは浅田飴を舐めさせてもらえることだった。
今はパッション味というのがあるそうだが、当時、浅田飴のフレーバーは青い缶でミント味の「クール」と茶色の缶の「ニッキ」の2種類だったと思う。
ちょっと抹香臭いようなニッキの風味だけれど、子供ながら結構好きだった。
私の中でニッキ味の記憶というのは浅田飴の味がほぼ原体験といってもよいだろう。(厳密には違うのだけれど)
中学1年の時、クラスの女子の間でお弁当にアップルパイを持っていくことが流行った。
マザーグースの本に載っていた練り込みパイのレシピを見ながら初めて焼いたのだが、その時使ったのは粉状のシナモン。
そして3年になって修学旅行先の京都のお土産「八ツ橋」は浅田飴と同じニッキ味だった。(もちろん、ニッキ味の八ツ橋は大好物だった。)
その頃は風味の違いになんの疑問もなく、どちらも同じシナモンという認識で時間が過ぎていった。
大人になって、紅茶に使う時だったか料理に使う時だったかすっかり忘れてしまったが、家にあるシナモンスティックは何で浅田飴や八ツ橋と風味が違うのだろうとふと思い。
答えが見出せないまま更に数年が過ぎた頃、北鎌倉にある喫茶ミンカでたまたま注文した「水正果茶」(スジョンガ)というシナモンと生姜の飲み物の味にハッとした。
シナモンと書かれてはいるけれど、その味と香りは紛れもなくあの浅田飴の、あの八ツ橋のニッキと同じだったから。
店のカウンターを見ると、木の皮を剥いだようなものが入っている細長い瓶が置いてあり、瞬間的にこれがニッキだ!と理解した。
それは、ロール状のシナモンスティックとは全く違う姿をしていた。
ゴツゴツした肌触り、黒に近い茶色。
オレンジの風味を思わせる華やかな香りのシナモンスティックがお洒落な淑女だとすれば、力強い風味のニッキはちょっとやそっとのことではへこたれない逞しく日に焼けた労働者のような雰囲気とでも言ったらいいだろうか。
調べてみると、そのゴツゴツとしたニッキは「カシア」と呼ばれるものだということがわかった。
その後、韓国食材店や中華街の食材店で扱っているのも発見した。
シナモンとカシア、きっと科は同じで違う種類の植物なんだろうなと思っていた。
「樹木がはぐくんだ食文化」という本がある。
その中にこのような記述があった。
『ニッケイの産地は三ヶ所ある。インド、スリランカのセイロンニッケイ、中国南部やインドシナのシナニッケイ、そしてインドネシアのスマトラニッケイである。先の「八ツ橋」にはシナニッケイが使われていると聞いている。それぞれ香り、甘さ、辛さがちがうのである。』
そして文末のシナニッケイのところに括弧書きでカシアと書かれていた。
ネットでシナモンスティックと検索すると、セイロン・スリランカ産と出てくるので、アップルパイや紅茶に使うシナモンはセイロンニッケイ、八ツ橋や浅田飴のニッキはシナニッケイ、ということで間違いないだろう。
何だか前置きが長くなってしまったが、上の写真は北鎌倉の里山で地元の方に教えていただいた「ニッキの木の葉っぱ」である。
この葉を噛むと極々僅かではあるがニッキの香りがする。
昔、駄菓子屋に行くと、赤い紐で束ねられたこの木の根っこが売られいて、子供達はそれを噛んでおやつにしていたそうだ。(それをしばニッケイといった)
日本産ものは上に何もつかない「ニッケイ」といって、徳之島、沖縄本島などに自生すると言われている。かつては和歌山、四国、九州などでも栽培されていたそうだ。外国産との違いは、幹の皮を使うか、根っこの皮を使うかというところにある。
関東地方以西ではヤブニッケイがごく普通にあると前出の「樹木がはぐくんだ食文化」には記載されているが、写真の葉はヤブニッケイではないらしい。
「ニッケイ」は日本の南部にしかないと書かれているけれども、これがヤブニッケイでないとするならば、日本南部にしかないと言われるニッケイの木が北鎌倉にもあるということになる。
鹿児島に「けせん団子」という郷土菓子があるそうだが、 これは小豆を混ぜ込んだ団子をけせん(ニッケイ)の葉で挟んで蒸したものと聞く。
団子にニッキの香り移って良い匂いになるらしい。
当初は葉で挟まないで作っていたのを、ニッケイに殺菌作用があることがわかり、鹿児島独特の暑さで傷みやすい団子を葉で挟むようになったのが始まりということである。
ニッケイ クスノキ科 分布ー沖縄、本州(南部)、四国、九州 :栽培
ヤブニッケイ クスノキ科 分布ー本州、四国、九州、沖縄、挑戦、台湾、中国南部
シナニッケイ(カシア) クスノキ科 分布ー中国南部、インドシナ
ジャワ(スマトラ)ニッケイ クスノキ科 分布ーインドネシア(スマトラ)
「樹木がはぐくんだ食文化」渡辺弘之著 より抜粋
喫茶ミンカの水正果茶はこのようなイメージでサーブされる。
この写真は実際は五味子茶。